ヨガ的処世術

「ヨガ・スートラ」や「バガヴァッド・ギーター」などのヨガ古典をより深く理解する為には、私は「般若心経」「法華経」「聖書」といった、他の古典もあわせて読むことをおすすめします。

「般若心経」には、森羅万象すべて、自分の心も体も全てが空であると説かれています。
空を説く最高の経典といえるでしょう。

次に「法華経」は、本来の自分が真我(永遠の命)をもっているということを教えてくれます。

そして、「聖書」には、随所にすべての人々の命が、永遠の命(真我)であることが説かれています。
イエスキリストが十字架にかけられ、3日後に復活したということが、何より永遠の命の存在を語っています。
そして、すべての人々がイエスキリストと同じ資質をもっていることを説いているのです。

最後に、これらの古典の教えをもとにしたヨガ的処世術を「ゼロ・ヨガ・マネジメント」として紹介します。
自分を空(ゼロ)にするための3つの方法です。

1つ目は、「ゼロ・クリーニング」。

  1. 余分な自分を捨てていく方法です。
  2. 他の為に自分を出し切る(奉仕)
  3. 他に対して自分を低くする(下座)
  4. 自分にはすべてが与えられていると知る(感謝)
  5. 自分の力不足を詫びる(懺悔)

この4つによって、徹底してエゴの土俵である自我意識を否定し、消滅させます。

2つ目は、「ゼロ・バランシング」。
今の状況に逆の刺激を与えることで、心と体にバランスのとれた状態を作ります。
例えば、苦しい時や腹の立つ時ほど笑う、急いでいる時ほど慌てず落ち着いて行う、慣れたことをする時ほど初心の気持ちで丁寧に行う、といったように自分の身に付いた心や体の偏りを是正します。
常にニュートラルな安定した自分を作っていきます。

3つ目は、自分の殻を破って宇宙に同調していく「ゼロ・シンクロナイズィング」です。

  1. 全ての出来事は宇宙からのメッセージと受け止めて、すべてのことに感謝する。
  2. 五感を通して宇宙の存在、命の働きを感じる。
  3. すべての人々やものは、一つの宇宙の根源(ゼロ)につながっていることを瞑想する。

自我意識を消滅させるのは難しいことだと思うかもしれませんが、日常生活の中で、何かをしようとした時に自分の為ではなく相手の為と考えて行えばよいのです。
自分を高めようとするのではなく、相手の為になることをする。
すると自然に自我意識が少なくなってくるはずです。

古典に学ぶ

人間誰しも、「よりよい人生を送りたい」「幸せになりたい」と思うものです。
人は豊かな生活を目指して、文明を発達させてきました。
便利さ、快適さを求めて今日まで発展してきましたが、それだけで現代人は本当の意味で「幸せ」と言えるのでしょうか。

本当の豊かな生き方とは、むしろ便利さや快適さを必要以上に求めるという欲望(自我)から解放されることだと思います。
欲望からの解放は、自分を空にする生き方によって可能になります。
人間関係のトラブルは、なぜ起こるのでしょう。
お互いの自我が表面化して衝突するからです。

一般的な処世術は、「楽に生きる」「幸せになる」「豊かになる」といった自分の欲望を満たす方向に向かい、自我意識を高めることを助長します。
ヨガ的処世術はその反対です。
ヨガでは、「自我意識を捨てる」「欲望から離れる」「執着を断つ」ことを解いています。

自我意識を消滅させ、自分という存在にとらわれずに生きることが、真の生き方につながるというのです。

「ヨガ・スートラ」や「バガヴァッド・ギーター」などのヨガの古典には、そのヒントが宝石のようにちりばめられています。
ヨガ古典に書かれている知恵をひもとき、自分という存在にとらわれない生き方を学んでいきましょう。

AD4世紀頃、賢人パタンジャリによって編纂されたという「ヨガ・スートラ」は、叡智の詰まったヨガの手引書です。
この本では、本当の自分とは、目に見えない真我(プルシャ)であり、その真我を実現することがヨガのゴールであると説いています。
そして、真我の実現のためには自我意識を消滅させなければならないと書いています。

「心の動きが止滅された時には純粋観照者たる真我は自己本来の態にとどまることになる」
(「ヨガ・スートラ」第1章3節)

この一文に、「ヨガ・スートラ」のもっとも言いたいことが込められています。
心の止滅とは欲望や思考のコントロールであり、自己中心的な考え方や生き方から解放してくれる鍵となります。
それにより、絶対的な喜びや幸福を感じることができるのです。

ヒンドゥー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」は、戦場に向かう道中で行われるクリシュナ神とアルジュナ王子との問答が中心になっています。
戦いに嫌気がさしているアルジュナ王子に向かって、クリシュナ神はクシャトリア(王族)にとって義務である戦いに立ち向かうことをすすめています。

ここでは、知識の道(ジュニャーナヨガ)、行為の道(カルマヨガ)、献身の道(バクティヨガ)の3つのヨガの道が説かれています。
そして、その中心に、「心の作用を止滅させる」というヨガの道を「行為の世界」においても実現させようとした考えがあります。
つまり、行為の自己否定による「行為の聖化」への道が「行為のヨガ」であり、ギーターの教えの中心と考えられるのです。

そして、クリシュナ神が、「無私になること、自我意識というものを消滅すること」を説いています。
日々の生活の中で、すべての思考、行為が無私をめざして行われるべきだと述べているのです。

「汝が自分中心の執着から生ずる迷妄を克服した時、汝はこれまで聞いた(経験した)こととこれから聞く(経験する)であろうことを区別しない無執着の境地に達するのだ」
(第2章52節)

「クリシュナ神が告げられました。アルジュナよ、心の中にあるすべての欲望を捨て真我が(外界の何ものにも依存せず)自己自身においてのみ満足する時、その人物は不動の知恵が確立した人物(スティタプラジナ)と呼ばれるのである」
(第2章55節)

「すべての欲望を捨てて執着することがなく「私が、私の」という思いもなく行為するものは誰でもが寂静(シャンティ)の境地に達するのだ」
(第2章71節)

自我意識から生じる「欲望」「執着」「とらわれ」をよく観察し、消滅させていくこと。
それにより、日々の人間関係は確実に好転するはずです。
物質ではない真の豊かさ、至福ともいうべき心境を実現していくことができるでしょう。
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